
人はどの時点で夢を諦めるのか。「〇〇みたいになりたい」や「〇〇な生き方がしたい」とかだ。寝る時にみる夢の話しではない。日本では多くの人は社会に出て、現実に直面すると、様々な悩みと共に自分が実現可能な想像に沿った生活と未来を考えがちだ。
それは「諦める」という言葉は正確ではないかもしれない。「修正または変化」になるかもしれない。もちろん、夢を実現する人がいる一方で、歳を重ねれば重ねるほど、出来ることと出来ないことが高解像度を伴って見えてくる。出来ない言い訳は増え、気力も時間も削られていく。
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僕は「旅をしながら生きたい」と思っていたが、カタチの良し悪しはともかく、今現在それはある程度は実現している。前に比べると旅しなくなっちゃったけどね。昔、就職活動で何処かの会社の「あなたの将来像」なる欄に、それを書いた記憶がある。その企業はもろくそ落ちたが、今思えば、結局そこに書いたことを僕は実現させた。
さて、「今」だ。
「サーフ・トリップ」という旅の生き方がある。良い波を求めてサーフィンをしながら転々と国や場所を変え移動を続ける生き方だ。その土地土地で働いたり、何がしかの方法で資金を得たり、お金を貯めたりで繰り返す、古くからサーファーたちが行ってきた。
サーフィンだけではなく様々な職種で実践している人は実は昔から多くいる。ノマドワーカーなんて言葉は最近の言葉だ。僕の旧友アルトゥールやモモたちも近い生き方してるかな。ネイスンも同じだろう。僕には身近な生き方だ。
多くの場合、若い時期が過ぎれば様々な事情や生活の変化で辞めたり頻度が落ちてしまうけど、中には長年ずっと継続している人はたくさんいる。
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僕は、美しい風景、美しい瞬間、美しい人、美しいモノを求めて旅をしたい。場所や国を跨ぎ、旅を続けたい。それを「トレジャー・トリップ」と僕は名付けた。世界の数々の「宝」との出逢いを求める旅だ。
子供が夢見るような、頭の中お花畑な言葉だが、それが僕の夢なのです。それをこの歳でさえも僕は夢見ている。挑戦ではなく本気で実現しようとしている。我ながら信じられない。
「みんな、それをやりたいけど、やれないんだよ!」という声が聞こえてきそうだ。
重々承知の上であえて僕は言っている。自分が一番分かっています。自分の状況を踏まえない、それがどんなに幼稚な発想の戯言かを。
でも一般的に、人は他人の夢を自分の価値観の定規で判断したくなるもんです。そして、僕の夢は今実践している今の人生スタイルの延長線に近い世界線なのだが、果たしてそれは実現不可能な無謀な夢なのだろうか。
お金?
マヂで持っていない。
でも何とかなるよ。
何とかするよ、僕ならば。
根拠は全くないが謎に自信だけはある。ピンチになればなるほど、世界が荒れれば荒れるほど、僕は強さを発揮する気質だ。コロナの時もそうであった。「僕はどうにかする」と思うのは楽観的すぎる思考だろうか。
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人ってさ、色んな理由を付けて本当は違うと思ってても自分を変に納得させたり、自分の周りの小さな世界のみが世界の全てになっちゃうじゃん。何となく快適だと適度に収まってしまいがちじゃん。僕だってそうさ。でも同時に疑問も持つ。
だから、僕は無理矢理にでも自分に言い聞かせている。もう自己催眠術の領域よね。
「よし。今日も俺はクソだ。でも今日も俺は最高にイカしている」と。
だって、このマウント合戦や他人を貶める誹謗中傷の社会の中、自分を自分で好きでなくて本質的に誰が自分を好きなん?
自分を自分で好きなら大抵大丈夫で、やりたいことも実現しようと動く訳です。自分を裏切ったらその時点で自分の未来は決まるから。
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世界の蚤の市や街角や市場を巡り、
世界の美しいモノや民俗文化に触れる。
まだ知らない価値観と出会う。
自然の中へ行くのも良いだろう。
ゆっくりと流れる時間のなか、
異国の地でコーヒーかお茶を飲む。
それは何て素晴らしい「宝」なんだろう。
それらをもっともっと視ていたい。
もちろん仕事もするさ、アンティークの仕事かな。11年間だけだがプロとしてやってきた僅かな知恵と術はある。少し疲れたがやめるのは無理だろう。だって僕は、旅と古いモノという名の物語の中毒者だからね。
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そもそも僕には心が帰る場所がない。
そして、どうせ人は死ぬ。
だから夢ぐらい持っていて何が悪いのかしら。
いつまでも幼いとか、
それは理想論だとか、
厨二病と言われてもね。
そして、僕は、僕ならば、
自分の夢を実現できると信じているのです。
僕は今日も自分に言い聞かせる。
「全部、俺に任せろ」だ。
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